堺屋太一の「移民史観」と「詭弁」と「嘘」
堺屋太一氏と言えば大阪都構想などの騒ぎの時に、道頓堀をプールにする!などの奇妙奇天烈な案をだした人物ですが、なんだか最近は安倍政権のブレーンとなって「移民で日本の文化の花開く」などまた奇妙奇天烈な珍説をご開陳されているようです。
なんでも上記の記事によりますと、江戸時代初期に明朝が滅びる過程において、中国大陸から渡ってきた渡来人が「江戸初期の文化に貢献した」んだそうでして、さらには明治維新後に清が滅びる過程においても中国大陸から人が入ってきて、それが大正ロマンと言われるものを生み出すのに貢献したんだとさ。
ハッハッハ!馬鹿こくでね~っ!!
日本の代表的な文化であり、大名たちに嗜まれた茶道について言うなら、たしかに中国の闘茶が起源ですよ?
闘茶というのはお茶の銘柄当て、博打ですわ。
しかしそれを茶道にまで発展させ、そして茶道という「総合文化」、例えば数寄屋造りなんかもそうなんですけど、こういったものに発展させたのは代表的な人物として千利休、古田織部などの功績でしょうに。
さらに言うと中国で伝統的な器であり、朝廷などの高貴な所でもっぱら重用されていたのは”陶磁器”、日本の戦国武将が「名器」として高い値を付けたのは陶器ですわ。
※朝鮮人の陶工が古田織部などに影響を与えた、いくらかの朝鮮人陶工が日本に渡ってきていた、というのは事実なのでしょうけれども。中国じゃありません(笑)
堺屋太一氏が例に上げている「染め物」かて、実際には応仁の乱で京都が火に包まれ、それによって染色工芸の多くが燃えてしまいましたが、それによって近代の染色工芸の源流が生まれた、というのが通説であって、当時の明朝からの輸入したものが「日本の職人に刺激を与えた」という事実はあっても、中国人がきたから発展したなんて事実はありません(怒)
記事によると赤穂浪士の討ち入りの際、その一人が中国系日本人だった!とかなんとか言ってますけど、レアケースを持ち出して「これが事実だ!」なんて言うのは「詭弁の一種」でありまして、だいたいそれが事実だとしても「わずか2%程度だった(47分の1)」という話で、それなら今の日本も外国人労働者が2%程度なので、充分じゃないか!という話にしかなりません。
このオッサン、頭大丈夫かいな?
さて、次は大正ロマンに話を移しましょ。
記事では
「日本に移民がやってくるのは中国側の事情が大きい。この時も清朝が力を失う中で、多くの中国人が日本に渡ってきた」
「神戸で洋服店を開いたり、コーヒー店を開くなど、日本の最先端をいくオシャレな事業を切り拓いた人たちに外国人が多かったという。」
・・・・えっとですね~(笑)
さっきも思ったんですけれども、中国人が渡ってきた!と言ってるのに、なんで後段の「おしゃれな事業を外国人が!」となるんですか?中国人、役に立ってないじゃないか!(笑)
これも詭弁の一種ですね。
実際には清はアヘン戦争でズタボロにやられて、イギリスなどに搾取されてる最中で、そんな清から「コーヒーやら洋服屋をするような中国人」がきたとは考えにくく、単に日本に来たアメリカ人やらイギリス人やらに対して、商売になるからでしょうに。
ちなみにコーヒーは実は江戸時代から”知られてました”という事実。
天明の大飢饉(1783年)の1年前、蘭学者志筑忠雄が文献で紹介したのが始まり、1804年には大田南畝(おおたなんぼ 大田蜀山人-おおたしょくさんじん-とも)が初めて試飲したのが我が国のコーヒーの歴史です。
さらに明治維新の少し前、大政奉還の1年前にオランダからのコーヒーの輸入が始まってるんですね。
確かに日本で初めて「本格的な喫茶店」となったのは可否茶館であり、これを開いたのは中国人ですが、その前から日本人創業者の茶館でコーヒーはすでに振る舞われております。
可否茶館:1888年~1892年(業績が振るわず、わずか4年で倒産、創業者の鄭永慶はアメリカへ)
放香堂:1874年からコーヒーを提供
油絵茶屋:1876年からコーヒーを提供
現在の放香堂(らしい)。看板にも「日本最古の珈琲店」と。
要するにコーヒーの歴史一つとっても、堺屋太一氏の認識は好意的に見ても「間違っている」、普通に見たら「大嘘」なんですね。
よくもまぁ、いけしゃあしゃあと「移民推進」のために、これだけ大嘘が付けるもんだ!と呆れ返ってしまいます。
さらに堺屋太一氏は記事中で「大量に中国から移民が~!」と言ってますけど、どの程度の数か?については一切明言しておりません。
赤穂浪士に「たまたま」中国系日本人が混じっていた事実からも、2%以下であった、と見るのが正しいんじゃないかなぁ…と。
だって堺屋太一氏曰く「高度な技能で大名などに重用された」んだそうですから、一般的ではなかったと見るほうが正しいんじゃないでしょうかね?
もう一つ言いますと、縄文時代から弥生時代の変遷も面白くて、縄文時代には日本人の服装は結構アクセサリーとか多くて、豊かだったのではないか?と言われておりますけど、弥生時代に入りますと服装が極端にシンプルになってます。
これは縄文土器と弥生土器の特徴としても、そのまま現れておりまして縄文土器はゴージャス、弥生土器はシンプルになってます。
この理由としては一つしか考えられなくて、縄文時代のほうが”豊かだった”ということです。
以上は記事を読んでいて
「はぁ?この人なに言うてはんの?」
と思ったので書いてみました。
これだけ歴史を捏造して大嘘をつくってのは、要するに「移民が入れたくて、入れたくてたまらない」という病気だと診断して良さそうです。
さらに言うならば、例えば私達が「移民で日本の文化が!」という当然の移民への反論に、なんとか詭弁と事実誤認と大嘘で反論しようとした、と捉えてかまわないでしょう。
堺屋太一氏の染め物、日本文化、陶器、コーヒーに関する認識は完全に「嘘」ですので、カウンターとして出来ましたらリブログなりリンクなり、引用でも結構、全文転載でも結構なので本記事を拡散いただけたらと思います。
P.S
なんかあれですね。内閣のブレーンに取り立てられるほどの人物が、この程度の人物というところに日本の暗部を感じます。
インテリとかエリートと「一応」言われてるんですから、ちょっとした日本文化、その歴史くらいはお勉強してほしいものです。
グローバルスタンダードのエリートは、自国の文化、歴史には非常に詳しいらしいですよ?
移民だとかTPPだとかグローバリズムだとか言ってないで、堺屋太一”先生”は、まずご自身をグローバルスタンダードなエリートにすることが必要なんじゃないでしょうかね?(笑)
最低限の嗜みくらいは、一般庶民の我々とは違うんだから、身につけていただきたいものです。
ちなみに安倍総理も「正しいお箸の持ち方」が出来ないんだそうで。ヨーロッパで「正しいナイフとフォークの使い方が出来ない首相、大統領」くらい恥ずかしい話ですわ。
箸もまともに持てない総理とメディア
我が国、日本のエリートなんてこの程度。庶民がしっかりせにゃ、未来は暗いなぁ…と思わずにはいられません。
毎日更新しておりますので、よろしければご覧になって下さい・・・・と最後に宣伝も(笑)
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